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【暮らしの音楽ライブVII】惑星のかぞえかた、heli@渋谷North Marine Drive【11/26(日)18:00-】

ライブ告知です!

Facebookページもつくりました。

■出演
惑星のかぞえかた:石坂智子(g,vo)松本頼人(g)波照間将(per)
heli(g,key,vo)
■charge
2500yen(1ドリンク込み、税別)
■場所
North Marine Drive
東京都渋谷区宇田川町11-2 2F
tel:03-3476-3097
http://north-marine-drive.com/
■アクセス:
http://north-marine-drive.com/category/2082670-1.html
■予約
お店に直接電話してください(出演者に何らかの方法で直接連絡していただいてもOKです)。

「暮らしの音楽」と途中から銘打って不定期に行っている企画ライブも今回で7回目となりました。
すっかりさぼってしまって2年以上も間が空いてしまいましたが、今回は前回と同じく「惑星のかぞえかた」をお招きします。前回は石坂さんのソロでしたが、今回はトリオ編成です。新曲も2曲演る予定とのことで、いちファンとしてもめっちゃ楽しみ!
(私も新曲1曲くらいは披露できるといいな。。。)

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【ライブ告知】日本語ボサノヴァ三国志Ⅷ【10/6】

【日時】10月6日(金)19:00〜
【場所】Cafe Muriwui(地図はこちら
【料金】投げ銭制(+席料500円)
【出演】
東輝美(vo.g)
OTT(vo.g)
heli(vo.g)

日本語ボサノヴァ担当のOTTさん、三国志担当の東輝美さん、事務局担当のheli(私)がお届けする「日本語ボサノヴァ三国志」の第八回目です。

ボサノヴァは自分が音楽をやり始めて以来、大きな柱の一つであり続けてきました。
にもかかわらず一方で、何となく距離を置こう、遠ざかろう、みたいな気持ちもあったことは否めません。近親憎悪みたいな感じでしょうか。
そんな自分の引き裂かれた気持ちに橋を架けてくれる貴重な機会として、日本語ボサノヴァ三国志は自分にとって重要なイベントであり続けてきました。

そんな自分語りは抜きにしても、単純に面白く楽しいイベントであることは間違いなく、私もOTTさんや東さんの演奏を見るのが楽しみで仕方がありません。
多くの方のお越しをお待ちしています!

【追記】
11月26日(日)夜には渋谷North Marine Driveでライブ開催予定。詳細は後日案内します。ぜひこちらもよろしくお願いします!

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手足口病になりました。

突然ですが、手足口病になりました。

はじまりは2日前、日曜日。
朝起きたら喉が痛くて熱っぽい。
体温計で測ったら37.2度と微熱程度なのだけど、体感はもっと高熱な感じ。
月曜日は担当している重要な会議もあるし、何が何でも一日で熱を下げなければならないと思い、予定していたことは全部キャンセルし、一日中保冷剤を首筋や頭にあてて床に伏せってました。いやはやかなり苦しかった。
月曜日には喉の痛みはあまり変わらないものの体温は何とか下がり、仕事は無事こなすことができました。よかったよかった。
が。なんだか夕方ころから手指にぽつりぽつりと痛かゆい発疹のようなものが出現。ついでに足からも同じような痛かゆい感覚があり、帰宅後見てみたら同じような発疹が。
そもそもこの発疹と前日の高熱に関係があるのかどうかわからなかったけど、なぜか天性の勘が働いて、もしかしてこれって「手足口病」というやつでは?という疑問が湧きました。
それまで手足口病にかかったことはなかったし、主に子供がかかる病気であるということ以外にほとんど何の知識もないのに、なんでそんなことを思いついたのかよくわからないのですが、さっそくネットで調べたら・・・。

どんぴしゃり、じゃん。

まず間違いないとは思ったものの、ちゃんと専門家に見てもらった方がいいと思ったのと、法定伝染病とかではないものの伝染する病気なので仕事に出ていいものかどうか判断を仰ぎたかったので、今日、職場近くの病院に行ってきました。
結果。
・間違いなく手足口病。
・他の人にうつしてはいけないので、今週中は仕事を休むように。
とのご託宣が下され、腫れて自宅に幽閉の身となりました。

とはいえ、熱があるわけでもないので、家で必要な仕事はしようと思ってあれこれやってはいるんですが、そうこうしているうちに手や足の発疹の量がだいぶ増えてきました。
特に足裏にできている発疹のせいで、歩くのが結構痛いんですよね。あまり遠いところには行きたくない感じです。
あと、このくらい発疹の量が増えてくると、痛がゆい感覚がちと辛くなってきました。
とはいえ、ネットで調べると、手のひら全体を発疹が覆い尽くして耐えがたい痛かゆさに見舞われている事例とか、口の中に口内炎が数十個できて飲み食いが一切出来なくなった事例などが散見されて、それに比べればまだましかな、と。とりあえず口内炎がほどんどなく(喉は痛いけど)飲み食いがほぼ平常どおりできているのは救いです。

でも、明日になったらどうなるかわからないな(恐怖)。
ネットの情報はどれを見ても「大人の手足口病は重症化することが多い」と書いてあるし。うう。

それにしても疑問なのは、「多くの人は子供の頃に手足口病にかかるので、大人になってからかかることは少ない」みたいな説明が散見されること。私が子供の頃、はしかとかおたふくかぜとか水疱瘡は聞いたことあったし実際に罹患したけど、手足口病なんて聞いたことなかった。もしかしてブラキストン線が手足口病の北限だったりするんだろうか。

みなさん、子供の頃に手足口病にかかったことありますか?

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股切り雀と腕切り雀

舌切り雀に続く第2弾・第3弾は腕切り雀と股切り雀です。

まず股切り雀。一体いつからあったのか良く思い出せないのだけど(10年前にはあったと思うけど、20年前にあったかどうか。。。)、左の内股のかなり股間に近いところに、皮膚の表面がとびでたようなものが出来ていました。説明が難しいので写真を見てもらうのが一番早いのだけど、良性とはいえ腫瘍の写真なぞあまり見ていて気持ちのいいものとも思えないので、見たい人だけ見られるよう写真の画像にリンクを張っておきます。細かく複雑な襞のあるぶよぶよしたものが、細い茎のようなもので足本体と接続しています。
10年前はもっと小さかったような気がするのだけど、最近は何となく大きくなってきていて、挟まれて引っ張られたりすると痛いし、これからもどんどん大きくなったらと思うと、あまり気分は良くありません。
というわけで、切除してもらえないかと思って某大病院に行ってきました。

診断は、「軟性線維腫」。良性の腫瘍で、手術で簡単に切除できるとのこと。
早速一週間後に予約を入れました。

ついでといってはなんですが、腕きり雀もやることにしました。
こちらもまた、だいぶ以前の話になりますが、左上腕部(肘関節のちょっと上)の皮膚の内側が腫れている感覚がありました。
何となく大きな吹き出物のように脂肪がたまっているような感じだったのですが、押したりつまんだりしているうちに、だんだん固くなってきたんですよね。写真はこちら
病院でこちらも見てもらったら、おそらく「石灰化上皮腫」であろうとのこと。こちらも手術で切除できるとのことなので、股切り雀と一緒にやってもらうことにしました。

ということで今日、股切り雀と腕切り雀をやってきました。
最初に処置室で患部の写真を撮った後、手術室に。
股切り雀は股間に近く、パンツが邪魔だということで脱ぐ羽目に。腰にタオルを巻いて手術台に仰向けになりました。
最初は腕きり雀。こちらは表面の黒ずんで見えている部分よりもかなり大きなものが皮膚の下にあるため、少々時間がかかりました。一方、股切り雀は茎状の部分をぶった切るだけなのであっというまに終了。
最初の麻酔がちょっとチクッと痛いだけで、あとは滞りなく進行しました。

終了後、病理検査に出す切り取った腫瘍を見せてくれました。
腕切り雀はゴム手袋を借りて触らせてもらいました。奥の方の石灰化している部分は果物の種のように固いです。上の黒ずんだ部分が切り取った皮膚の表面。それに比べると腫瘍本体はずいぶん大きいことがわかります。
股切り雀はまあ、見慣れたものだったので、「ああちょんぎられちゃったかー」という感じ。
「これが今生の別れ」とか言ったら、医者は笑ってました。

舌切り雀のときのように麻酔が切れたあと痛まなければいいなあ。なんとなく大丈夫っぽいけど。

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「リベラル」という言葉について(メモ)

ネット上でこんな記事を見かけました。【寄稿】同胞を見捨てる世界のエリート

この記事の後半では「エリート」とひとくくりにして、特にリベラルか否かは問題にしていませんが、前半はメルケルの移民・難民受け入れ政策に関する話が多くの分量を割いて書かれているので、ここではリベラルな理念がなぜ「保護されていない人々=厳しい生活を送り、このような(=大量の難民・移民受け入れのような)重荷に対処するだけの資源を持たず、特別に保護されることもなく、金もコネもない普通の人々」のことを見捨てるようになった(ように見える)のかについて、普段何となく思っていることをメモしてみます。

ずっと「リベラル」という言葉はわかりづらいなぁと思っていました。
「自由」というニュアンスの言葉なのに、どうして民主とか平等とか福祉とか弱者救済とかいったものを意味するのかな、と。

たとえば、hamachanブログの「リベラルとソーシャル」という記事にはこんなことが書かれています。

しかし、少なくとも欧州的文脈でいえば、リベラルとソーシャルという対立軸は極めて明確。それが日本でぐちゃぐちゃになりかけているのは、ひとえにアメリカの(本来ならば「ソーシャル」と名乗るべき)労働者保護や福祉志向の連中が自らを「リベラル」と名乗ったため。それで本来「リベラル」と名乗るべき連中が「リバタリアン」などと異星人じみた名称になって話がこんがらがっただけ。そこのところをしっかり見据えておけば、悩む必要はない。

なんでアメリカでそんなことになったのか疑問でしたが、そのあたりはその後に読んだ「リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください–井上達夫の法哲学入門」で、一応は解消しました。いま本が手元にないので不正確だけど、要するに何者かから束縛されることなく自由に生きるためには、最低限の経済的なものが保証される必要があるから、それを実現しようとする理念がリベラルなのだと。

「自由」の内容について整理するとこんな感じでしょうか。
1.経済活動の自由(とそこから得られた果実を自由に我が物とすること)
 hamachanの意味でのリベラル(反意語はソーシャル)。井上達夫の意味でのリバタリアニズム。
2.(特定の価値観への)隷属からの自由
(1)封建的遺制からの自由
(2)差別(人種、性別、性的志向、疾病等)からの自由
(3)政治的圧政からの自由
 井上達夫的な意味でのリベラルはこれに近いのでしょうが、どちらかというとこれはウヨ・サヨという切り口の方が混乱がなさそう。

 で、「何者かから束縛されることなく自由に生きるためには、最低限の経済的なものが保証される必要がある」という考え方を上記の切り口で位置づけると、1.の意味ではソーシャル、2.の意味ではリベラル、ということになるでしょう。

 一方、リベサヨなるものがあります。戦前の粛軍演説の斎藤隆夫という人も、反戦で自由主義で、でも農民や労働者の困窮した生活の改善には冷淡、というのもこれに近いと思われますが、1.の意味でも2.の意味でもリベラルということになるのでしょう。ただ、2.の意味でリベラルというのは理念的というか思想的な意味においてであって、現実問題として隷属から解放されるためには経済面からの担保が必要であり、そのためには1.の意味ではある程度ソーシャルである必要があるのではないかという気がするのですが、そういうところには無頓着というか。

時間切れだ。

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