月別アーカイブ: 2017年6月

とうとうスマホに移行

8年前にポメラを買いました。
結局ポメラにした経緯はこちらをどうぞ。ブログって便利。
で、ここには明示的には書いていないんですが、「現実逃避でメールとかウェブとかSNSとかをついつい見てしまうということがないため、原稿作成に集中でき生産性が高い」というときに意識したのは、iPhoneでした。
つまり、あのときはポメラとiPhoneという選択肢に直面し、結局ポメラを選んだということだったんですよね。
以来8年間、iPhoneを始めスマホとは縁が無い人生でした。
良かったのか悪かったのか、両方あると思うけど、一つだけ確かなのは、あのポメラで「いつか住んでいた家」の10曲分の歌詞を書いたということ。あれがiPhoneだったらどうだっただろう。。。

それはともかく、この平和な日々に終止符を打つことになったのが、ガラケー(らくらくホン)の不調です。
長年使い続けてきて、壊れたら新しいのに換える(ほとんどお金は払ってないので「買い替える」という感じではない)ということを繰り返してきて、何の不満もなかったんですが、1年ちょっと前から使い始めたやつが、どうにもいただけない代物。最初からなんとなく調子が悪いところがあったんですが、それがじわじわと病魔に冒されるように悪化し、最近ではまともに使える時間が1割あるかないか(それでもまともに動くときが1割あるというのが実に感じ悪い)で、ほとんど用をなさないというか、電話料金をどぶに捨てているも同然の状態になってしまいました。
機器のことを意識することなく心の平和を維持するためにわざわざガラケー(それもらくらくホン)を使っているというのに、これでは全く意味がありません。

というわけで、とうとうガラケーに見切りをつけ、スマホ使いになることになりました。
8年前のことがちらっと脳裏をかすめましたが、今ではポメラもMacBook Airになり、すっかり気が散る環境になってしまったので(おかげでブログ書いたりすることもできるわけですが)、もういいっか、という気分。
善は急げということで、昨日仕事帰りにアポストアに立ち寄りiPhone7を購入。
家で電源を入れてあれこれ設定しようとしたけど、 ちょっと進めたところでSIMがないと怒られる。もうちょっと何かやれるかと思ったんだけどな。
本日の気づき:「スマートホン SIMがなければ ただの板」
というわけで、アマゾンで調達したみおふぉんの手続き開始。本人確認とかがあるため、SIMが届くのは一週間後の見込み。

[`evernote` not found]

戦争末期の「台風の目」

先日、弥生美術館生誕100年 長沢節展というのを見に行ったら、解説にこんなことが書いてありました。

戦前から池袋の近くにアトリエ村(貸し住居付きアトリエ群)なるものがあり、アーティストが多数暮らし芸術活動にいそしんでいたらしいのですが(ウィキペディアを調べてみたけど、池袋モンパルナスなどと呼ばれていたようですね)、戦争末期に空襲警報が発令されても長沢節(や周囲のアーティスト)は防空壕に入らずダンスパーティーに打ち興じていたとのこと。

そういえば、最近読んだ鮎川信夫の「凌霜の人」というエッセイには、こんなことが書いてありました。

私は傷痍軍人の特権で毎日ぶらぶらしながら、暇を持てあますと、釣り竿をかついでアマゴやウグイを釣りに川に出かけていた。今から思うと、このときが生涯で最ものんきな時期だったような気がする。

これも戦争末期。ただし場所は疎開先の岐阜県の山奥ですが。

ついでに長岡鉄男の「落ちこぼれの音楽」というエッセイ。大学受験にことごとく失敗した後のことがこんなふうに書かれています。

ぶらぶらしているわけにもいかないので、超三流の特殊学校に入ったら、これが学校とは名ばかり、実は東大航空研究所の少年実験工(実験器具の準備、測定、計算などの手伝い)を集めるための餌だった。特に昭和十九年。幸か不幸か、戦争の真っ只中で、一般人よりはずっと情報が入る環境にあって、傍観者の立場で、プラスチックのパイプの空気を抜くとどこから凹み始めるか、なんていう浮き世離れした、いい加減な実験をのんびりやっていたわけで、落ちこぼれの極致というか、極意というか、今考えてもお伽噺かSFの世界のような不思議な生活だった。あるいは台風の目の中にいたのかもしれない。

そういえば、村上春樹の「遠い太鼓」にも、ドイツの強制収容所が楽しかったと述懐するイタリア人のじいさんが出てきたな。

もちろん、戦争末期がのどかな時代だったなどと言いたいわけではありません。
この台風の目のような世界は、戦争末期という時代にあっては稀なケースだったのかもしれないし、そもそも地獄と隣り合わせではあります。
アトリエ村に爆弾が命中したら、防空壕に逃げていない長沢節ほかダンスパーティに打ち興じていた人はひとたまりもなかっただろうし、鮎川信夫は病院船の乗り継ぎが一つでもうまくいかなかったら東南アジアのどこかで骨を埋めることになっていたかもしれないし、長岡鉄男の穏田(現在の原宿の近くらしい)の借り家は空襲で灰になったとのことだし。

ただ、(どんな時代でもそうだけど)戦前・戦中の具体的な話をいろいろ読んでいくと、なんだか一つの見方というか文脈というか世界観にうまくおさまらない多様性・むらのようなものがいろいろ出てきて、面白いというか困惑するというか。

[`evernote` not found]

「リベラル」という言葉について(メモ)

ネット上でこんな記事を見かけました。【寄稿】同胞を見捨てる世界のエリート

この記事の後半では「エリート」とひとくくりにして、特にリベラルか否かは問題にしていませんが、前半はメルケルの移民・難民受け入れ政策に関する話が多くの分量を割いて書かれているので、ここではリベラルな理念がなぜ「保護されていない人々=厳しい生活を送り、このような(=大量の難民・移民受け入れのような)重荷に対処するだけの資源を持たず、特別に保護されることもなく、金もコネもない普通の人々」のことを見捨てるようになった(ように見える)のかについて、普段何となく思っていることをメモしてみます。

ずっと「リベラル」という言葉はわかりづらいなぁと思っていました。
「自由」というニュアンスの言葉なのに、どうして民主とか平等とか福祉とか弱者救済とかいったものを意味するのかな、と。

たとえば、hamachanブログの「リベラルとソーシャル」という記事にはこんなことが書かれています。

しかし、少なくとも欧州的文脈でいえば、リベラルとソーシャルという対立軸は極めて明確。それが日本でぐちゃぐちゃになりかけているのは、ひとえにアメリカの(本来ならば「ソーシャル」と名乗るべき)労働者保護や福祉志向の連中が自らを「リベラル」と名乗ったため。それで本来「リベラル」と名乗るべき連中が「リバタリアン」などと異星人じみた名称になって話がこんがらがっただけ。そこのところをしっかり見据えておけば、悩む必要はない。

なんでアメリカでそんなことになったのか疑問でしたが、そのあたりはその後に読んだ「リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください–井上達夫の法哲学入門」で、一応は解消しました。いま本が手元にないので不正確だけど、要するに何者かから束縛されることなく自由に生きるためには、最低限の経済的なものが保証される必要があるから、それを実現しようとする理念がリベラルなのだと。

「自由」の内容について整理するとこんな感じでしょうか。
1.経済活動の自由(とそこから得られた果実を自由に我が物とすること)
 hamachanの意味でのリベラル(反意語はソーシャル)。井上達夫の意味でのリバタリアニズム。
2.(特定の価値観への)隷属からの自由
(1)封建的遺制からの自由
(2)差別(人種、性別、性的志向、疾病等)からの自由
(3)政治的圧政からの自由
 井上達夫的な意味でのリベラルはこれに近いのでしょうが、どちらかというとこれはウヨ・サヨという切り口の方が混乱がなさそう。

 で、「何者かから束縛されることなく自由に生きるためには、最低限の経済的なものが保証される必要がある」という考え方を上記の切り口で位置づけると、1.の意味ではソーシャル、2.の意味ではリベラル、ということになるでしょう。

 一方、リベサヨなるものがあります。戦前の粛軍演説の斎藤隆夫という人も、反戦で自由主義で、でも農民や労働者の困窮した生活の改善には冷淡、というのもこれに近いと思われますが、1.の意味でも2.の意味でもリベラルということになるのでしょう。ただ、2.の意味でリベラルというのは理念的というか思想的な意味においてであって、現実問題として隷属から解放されるためには経済面からの担保が必要であり、そのためには1.の意味ではある程度ソーシャルである必要があるのではないかという気がするのですが、そういうところには無頓着というか。

時間切れだ。

[`evernote` not found]

読書書き殴りメモ(昭和史の決定的瞬間、ノモンハン1939)

最近、hamachanブログで紹介されていた坂野潤治「昭和史の決定的瞬間」という本に興味を持って読んでみました。
斎藤隆夫という、戦前の粛軍演説で知られる(らしい)人のことを、この本で初めて知ったけれども、それにしても反戦平和を唱える人が「社会生活の安定」の問題に冷淡であることが多いのはなぜなんだろう。

奇妙に聞こえるかも知れないが、昭和12年7月の日中戦争直前の日本では、軍ファシズムも自由主義も社会民主主義も、すべて数年前とはくらべようもなく、力を増していた。政治が活性化していたのである。問題は、これらの三勢力が単純な三角関係を作ってくれないことにあった。なかでも「自由主義」と「社会民主主義」の関係が、相当にねじれたものであった。一般に「平和と民主主義」と言うときには、この二つの勢力は一括して「民主主義」の方に入るわけであるが、昭和11・12年の日本では「自由主義」は古典的な資本主義にべったりで、社会改良的な政策には驚くほど冷淡であった。

「リベラル」という言葉の多義性を精査することで何かが見えてくるんじゃないかと思って書き殴ったままのものが下書きとして放置されています。そのうち蔵出しするつもり。

一方で、軍ファシズムはどうだったのか。もちろんこの本にもいろいろ書かれていますが、後書きに、

筆者の一つの心残りは、参謀本部が対ソ戦準備に専念していたことは明らかにできたが、「日中戦争」の方は、東条英機率いる関東軍の動向を、十分に明らかにできなかったことである。

とあります。確かにそんな印象ではありました。

そこで何か良い本ないかなと思ってあれこれ探して見つかったのがゴールドマン「ノモンハン1939 第二次世界大戦の知られざる始点」。なんで中国でなくソ連なのかと言われるかもしれないけど、これはグローバルな構図の中で個別のイベントがどのような意味を持っていたのかを明らかにしてくれるグレートな本です。

「一度に二つ以上の敵を相手にする」という望ましくない状況に、自国ははまらないように、敵国をはめるように

というのを基本的な戦略として考えると、ソ連は実にうまくこの状況を回避し、日本やドイツはこの状況にはまってしまって敗北してしまったという構図が見えてきます。
なぜ日本がこの状況を回避できなかったかといえば、世界全体を見渡して各地での自国の行動を的確にコーディネートしなくてはならないのに、軍については中央による現場のガバナンスが全然効いていなかったから、ということでしょう。
一方、ソ連は政治による軍の統制がしっかり効いていたわけですが(こういうのをシビリアンコントロールというんだろうか)、それを可能にしたのが陰惨な粛清だったというのがなんともはや。まあ運もあったんだろうけど。

あと、戦争が敗北に終わった後、現場で奮闘した者は自決して責任を取るよう強要され、作戦を立案実行したミドルマネジメントは別な場所に行ってまた問題を起こし、トップマネジメントは黙認放置するという構図もなかなかしびれるものがあります。

ということで、単なる書き殴りは尻切れトンボで終わる。

 

[`evernote` not found]

近所の本屋が最近なんだか面白い

私が住んでいる、ごくありふれた首都圏郊外の私鉄沿線の駅の近くに書店があります。
いくつか支店のある、それなりに大きな書店ではありますが、そうはいっても住宅街にある書店なので、まあ一般的な品揃えではありました。

これが、少し前に全面リニューアルして、なんだか様子が変わってきました。
最初は棚の場所が入れ替わっただけだろうと多寡を括っていたんですが、よく見ると、以前にはなかったような本がちらほら目に入ります。
例えば、エッセイのコーナーを見ていたら、「渋谷のすみっこでベジ食堂」という本を発見。
著者の小田晶房って、yojikとwandaのCDを出しているレーベルCOMPARE NOTESをやってる人じゃなかったっけ。
びっくりして思わず買ってしまっただよ。

最近は、小説とかエッセイとかの棚に詩歌のコーナーを発見。
こんなコーナーあったっけ?と思いながらつらつら背表紙を見ていたら、「鮎川信夫 橋上の詩学」という本を発見。
またまたびっくりして買ってしまいました。
いろいろなエピソード満載の本で興味深く読んでいます。
・ティーンエイジャーだった鮎川や森川義信が最初期の詩を投稿していた「若草」は、少女雑誌から派生した文芸雑誌だったとのこと。竹久夢二や東郷青児が表紙を描いていたとのことなので、なんとなくどんな雑誌か想像がつきます。これらの詩(森川義信の「春」とか)を読んで、なんだかかわいらしくも麗しいなぁと思ってましたが、なんだか納得。
・加島祥造のインタビュー。なんか加島祥造という人には、いろいろなシチュエーションで出くわしている気がしますが(老子とかポーとか)、なんでこの人が荒地同人だったのか、いまひとつぴんとこないところがありました(なーんて偉そうなこと言えるほど荒地のことも加島祥造のことも存じ上げないのだけど)。なので、

みんながあまりに深刻がった言葉ばかりを使っているから、そうではない、ライト・ヴァース的なものがもっとあってもいいんじゃないかと思った。

という言葉を読んで、ああやっぱり、と思ったり。
・80年代の吉本隆明との論争の部分はあまりよくわからなかったけど(たぶん端折って生煮えになっているんだと思う)、たとえばソーカル事件のようなものを経てPost Truthな時代に直面している身には、鮎川の「一元論」というのは何となくぴんとくるものがあるようなないような。いろんな意味で「『モダン』であるということ」を改めて考えたくなってみたり。

あと、こういう本で引用されている詩を読むのが好きです。
いわゆる詩集って、詩がいっぱい載っていて、いつもトゥーマッチな感じがするんですよね。
一度に出会う量はもっと少ない方がいいと思う。
(少しずつ読めばいいんだけど)

 

[`evernote` not found]