Σ-709の説明書の冒頭にこんなことが書いてあります。
NHK技術研究所音響研究部の全面的なご協力のもとに、カートリッジの決定版とまで評されるF-8Lの開発に成功したグレースでは、さらに同音響研究部との技術協力を続け、カートリッジ、トーンアームを含めたピックアップのすべての問題について、徹底的な研究を行ってまいりました。
その結果、より優れたものを得るためには、トーンアームだけ、カートリッジだけの設計では不可能で、インテグレーテッド・ピックアップとして考えていかなければならないことが定量的に証明されました。
グレースというメーカーは、トーンアームにしてもカートリッジにしても、あくまでも基本は踏まえつつ、さまざまな個性を持つ製品群を揃えるという趣味的なスタンスが特徴的だったと思うのですが、上記のような方針に沿って開発されたΣ-709は、なりふりかまわず理想を追求した研究開発の結果生まれた製品という印象があります。
よって、実験的・挑戦的な試みの跡がそこここに見受けられます。例えば、
1.極細パイプ
直径6ミリという極細パイプは(少なくともグレースでは)たぶんΣ-709が初めてではないかと。その後、G-707など主に海外で高く評価されることとなるアームに受け継がれていきました。
2.極小ヘッド
カートリッジ(F-8)は、プラスチック製の極小ヘッドに接着されていて、通常のねじ止め式ではまず不可能な軽量化を実現しています。
1と2により、カートリッジも含めたピックアップ全体の等価質量は9.5グラムという驚異的な軽さを達成しています。そしてそれによって、(当時としては)ハイコンプライアンスな針を使っているにもかかわらず、共振周波数は12〜13Hzと非常に高くなっています(当時の本には「現在の市場に出ている製品の中では最も高い値」と書いてありました)。レコードの反りや偏芯、外来振動の影響を避けるためには、共振周波数はできれば10Hz以上、せめて8Hz以上にすることが望ましいと言われていますが、実際にはかなり注意しないとなかなか達成できない値なんですよね。
3.インサイドフォースキャンセラー
70年代以降のグレースのアームについているインサイドフォースキャンセラーは、アームリフターとともにアーム本体に取り付けられており、また錘の位置でキャンセル量が調整可能であるなど、使いやすく洗練されたものになりましたが、Σ-709のは(たぶんグレースでは初めてのインサイドフォースキャンセラーではないでしょうか)別途キャビネットに穴を空けてバーを立て、そこに錘の付いたテグスを引っかけるというやや面倒な方式でした。キャンセル量の調整もできません(カートリッジが交換できないので調整の必要もないということだと思いますが)。
4.針圧調整
70年代以降のアームは、通常目盛り付きのメインウェイトを回転させることで針圧調整ができますが、Σ-709のメインウェイトは前後にスライドさせてねじ止めする方式で、目盛りもないため、別途針圧計を用意する必要があります。
というわけで買ってしまいました↓。
・・・とまぁこのように、非常に興味深い一品なわけですが、なにせ40年以上昔の製品ですから、程度が良い品物を手に入れるのは非常に難しいだろうなと思いつつ頭の片隅に留めていたのですが・・・。いやー。とっても程度のいい品物が手に入ってしまいましたよ。
しばらくあれこれいじって遊ぼうと思います。いやそうじゃないな。調整箇所とかほとんどないから。ひたすらレコードをあれこれ聴いて楽しもうと思います。