月別アーカイブ: 2012年2月

「マイーザの世界へようこそ」

ボサノヴァの歴史を読んで初めてマイーザという人のことを知ったのだけど(名前だけは聞いたことがあったかもしれない)、その印象(写真も含めて)は、どろどろに暗い情念の唄を唄う、浴びるほど酒を飲んでデボデボに太りトラブルまみれの女性歌手、みたいな感じでした。
そんな先入観を持って、マイーザのファーストアルバムとセカンドアルバムを2in1にした「マイーザの世界へようこそ」というアルバムを買って聴いてみたのですが…。うーん、なんか全然印象が違う。確かに歌詞の内容は明るいとは言えないし、唄にも時々「泣き」が入ったり、ぐっとくる唄い方になったりするけど、全体としては唄も曲もさらりとした感触でドロドロした感じはほどんどないじゃないすかね。
というわけで、先入観を取り払って聞いたら、若干20歳で全曲を作詞作曲し、年齢に見合わぬ大人な内容の詞をさらりと魅力的に歌う天才、という感想を抱くんじゃないかと思いました。

※でも、こういうませた詞を書く早熟な女の子って時々いると思う(男にこういうのはあまりいないような)。

その後のそれなりに長いキャリアでドロドロ系の人になっていくのかもしれないけど(その辺りはまだ全然知らない)、ファーストアルバムだけ聞いた印象はこんな感じです。

で、なんでマイーザの話をしようと思ったかというと、サンバの話の2つめを何にしようかと思っているうちに、サンバ・カンソンだってサンバのサブカテゴリーじゃんと思ったからなんですが、やはりジョアン・ジルベルトが愛したサンバで聞かれるようなサンバとは全然違うという印象です。時代も違うのだから当然なのかもしれないけど、これらが「サンバ」ということばで括られる共通点ってなんだろうと思ったりもします。


「ジョアン・ジルベルトが愛したサンバ」

というわけで、一日遅れで手持ちの数少ないサンバのCDの話でもしようと思います。手始めは「ジョアン・ジルベルトが愛したサンバ」というコンピレーションから。ジョアン・ジルベルトが演奏してる曲の多くが古いサンバのカバーだというのは良く知られてますが、じゃあ大元のバージョンはどういうものだったのかが、この一枚で相当部分網羅されていて、ジョアン・ジルベルトのバージョンと聴き比べるとサンバとボサノバの差分とは何かがとてもよくわかります。
…というつもりで買ったんですが、個人的には端からもうぜんぜん別物という印象なので、それぞれの曲が始まったら「ああ、あの曲の原曲はこんな感じなんだ!」と思って、その後はすぐにジョアン・ジルベルトのことは忘れて古いサンバの演奏を楽しむという感じなんですよね。ボサノヴァに比べると、リズムは打楽器の洪水…とまではいかないけど、やはりにぎやかだし、金管とかも入ったりしてラウドなアレンジ。唄もささやくような感じというよりは朗々と歌う感じで、分厚いコーラスとかも入ってきます。

昨日と同様、この文章も音源聴きながら書いていて、今はオルランド・シルヴァの「十字架のもとで」がかかってますが、ジョアン・ジルベルトのしみじみとした演奏とは全然違い、やはり豪奢なバッキングで朗々と歌ってます。超初期のジョアン・ジルベルトの唄はオルランド・シルヴァそっくりだったそうですが、これを聴く限り全然そういう感じがしません。
ジョアン・ジルベルトは自分がやっているのはサンバだと主張しているという話を時折目にします。ジョアン・ジルベルトとしては、自分が作り出した独自のスタイルでサンバの曲をやっているだけということなのでしょう。ただ、そのスタイルは原曲とはずいぶんかけ離れているので、多くの人にはサンバとは別ジャンルに感じられるということでありましょう。私自身についても、私がボサノバに惹かれる要素は原曲のサンバには(あまり)含まれていないように感じます。別物として魅力を感じるといったところでしょうか。

思いつきで適当なことを言うと、「物まねではないが同類」と見なされるような人が次々と出てくるような状況ができたら、新しい「ジャンル」を作ったと言えるのかな、という気がします。

とはいいながら、全然逆のことを言うようですが、昔々最初に「ゲッツ・ジルベルト」を聴いたとき、2曲めのドラリセがイパネマやコルコヴァードなどの洗練されたジョビン作品とはやや味わいが違って、なんだかほっこりした曲だなと思ったのを記憶しています。なかなか微妙なもんですね。

というか、今かかってる「愛するのは良いこと/ガロートス・ダ・ルア」の歌詞がどうしても「ママレモン」に聞こえて困ります…。


Brial “Untrue”

本当は今日はジョアン・ジルベルトが愛したサンバのことを書こうと思っていたのだけど、肝心の音源をiPodに入れてくるのを忘れたので、急遽別な話にします。って、何の話を書こう…。

昔から、同時代的な音楽を律儀に追いかける方でもなかったのだけど、80年代後半以降にジャズとかを聴き始めてからは、ますます同時代の音楽のことがわからなくなりました。それでも音楽は勝手に耳に入ってくるということはあるので、聴いたことがあるかどうかというレベルでは聴いたことのある音楽はそれなりに多いだろうとは思いますが、いつどこでどんなスタイルの音楽が流行ったり廃れたりして、何というアーティストがどこに属している、みたいな話は、90年代以降はさっぱりわかりません。

いや、別に体系的に整理された知識を頭に入れておきたいわけではないんですよ。ただ、放っておくと新しい音楽がぜんぜんこちら側に入ってこなくなるんですよね。既に知っている音楽を聞くだけでももちろん楽しめるのだけど、時には新鮮な気持ちで未知の音楽に向かい合ってみたいという気持ちもあって。

てなわけで、Burialですが、最初に見たのはPitchfolkThe Top 200 Albums of the 2000sでだったと思います(41位)。他にもこの何とも言えないジャケットはあちこちで見たような。
でも、実際に聴いたのはつい最近です。実はBrial聴く前にJames Brakeが各方面で絶賛されていたのでどんなもんじゃろと思って聴いていて、あまりぴんとこなかったんですが、そのJames Brakeが雑誌のインタビューでBrialを絶賛しているのを読んで、期待できるようなできないような微妙な気持ちでアマゾンをポチっとしたのでした。

一聴して、おお、これは良い!
パッドとスクラッチノイズが作り上げる空間に様々なサンプリング音やピッチシフトされたヴォーカルが意味ありげに出入りするさまは、ほの暗くもどこかノスタルジーをかき立てる感じ。今も聴きながらこの文章を書いてるんですが、なんか世間から切り離された時間がぼーっと過ぎていく感じで、これから仕事に行く気がしません(笑)。

というわけで、他の作品も聴いてみるつもり。


サンバがよくわかんない

ボサノヴァを聴いたり読んだり弾いたりするようになってから、どうも気になっていたのが「ボサノヴァはサンバの一種」という言葉です。

サンバ?サンバって、あのカーニバルで露出度の高いお姐さん方が腰を振りながら町を練り歩いていくバックで演奏される、打楽器の洪水のような音楽でしょ? それがあの静かでシンプルなボサノヴァと何の関係があるん?

というのが最初の印象でした。

その後、細々とCDを聴いたり本を読んだりしていくうちに、サンバにもいろいろあるということがおぼろげながらわかってきました。あと、「最初のサンバの曲」と言われるものが存在すること、それも1917年にレコードとして発売されたものであることも驚きでした(Wikipediaにもありますが、ドンガ&マウロ・ジ・アルメイダ作“Pelo Telephone”という曲だそうで)。サンバって、もっと昔に自然発生的に発生した音楽のようなイメージがあったので。とはいえ、音楽スタイルって無から有が生まれるように生まれるわけではなく、長年の音楽的伝統を肥やしに出現するものだろうとは思いますが。

というわけで、サンバに対するイメージは確かに変わったのですが、じゃあサンバってなんだ?と問われたら、今でもうまく答えられません。でも、それは「ロックとは何か」という問いにうまく答えられないのと同じかというと、何かが違うような気がします。でもじゃあ何が違うのかというと、それもよくわからない。でも(「でも」の三連発)ジャンルにはしばられたくないけどジャンルという考え方が無意味とも言いたくない(ジャンルって音楽の伝統というか歴史的文脈と紐づいたスタイルということだと思うので)。

というわけで、サンバについては、適度に意識しつつ、慌てず騒がず、ぼんやりとつきあっていく所存です。


アコアコサックス222号@リエゾンカフェに行ってきた。

heli@酔っ払いです。
昨日は、アコアコサックスのライブを見にリエゾンカフェ@渋谷に行ってきました。
アコアコサックスはその名の通り、アコーディオン2人(田ノ岡三郎熊坂るつこ)とサックス(多田葉子)のトリオ。多田さんはサックスだけでなくクラリネットも演奏します。というか、むしろ昨日はサックスよりもクラの方が多かったような気も。

アコアコサックスのことを知ったのは、そして今回見に来ようと思ったのは、リエゾンカフェのくじらい料理番長の文章(これこれ)を読んだから。こんな熱い気持ちで場を用意してもらえるミュージシャンも客も幸せ者だと思います。

ライブは前半後半の2部構成。最初は東欧の曲、次は3人それぞれの曲を持ち回りで(MCも持ち回り)→このあたりはうろおぼえで不正確。演奏は徐々にウォームアップして、3〜4曲目くらいからエンジン全開という感じで、以後最後までぐっとくる充実した演奏が続きました。楽器編成からイメージされるような東欧的(?)な哀愁も漂わせつつ、時にはフリーキーに行くところまで行く(ジャズ的?)演奏もあり。日本的に平和でのどかな(でも沁みる)曲もあり。たっぷり堪能しました。

なお、この日はリエゾンカフェの周宝オーナーの誕生日ということで、ゆうこさん名物ケーキによるお祝いコーナーがあったのを始め(あとでお裾分けをいただきました。いつもながら美味しかった)、これまたライブ名物の特別メニューは周宝オーナー出身地の大分の郷土料理である鶏天とだんご汁! だんご汁は「自慢の鍋料理」という本に載っているレシピを見ながら何度か作ったことがありますが、肝心のだんごはいつもうどんやほうとうを流用してたんですよね。一方、今回登場しただんご汁にはちゃんと料理番長が自ら作っただんごが入ってる! これまたおいしくいただきました。

いやー。平日からこんな幸せな時を過ごしてよいのであろうか。
いやいや、これでエネルギーチャージをしたから残りの2日間の仕事をがんばれると考えることにしよう(実際にそうだし)。