ウェブページの名前を「暮らしの音楽」にしたとき、あまり意識はしていなかったのだけど、やはり「暮しの手帖」の影響は大きかったかもしれないな、と最近思います。
暮しの手帖。長年の愛読者だというわけでもありません。子供の頃、家に何冊かの暮しの手帖があって(当時すでに10年以上前のもので、表紙は破れてなくなっていた)、暇な時や風邪を引いて寝込んだ時(子供の頃はしょっちゅう風邪を引いていた)にぼーっとしながら眺めていただけです。
よく読んでいたのは商品テスト。石油ストーブのテストで1位がアラジン・ブルーフレーム、2位が日立、3位が西ドイツのルフト、というのを今でも覚えています。子供の頃の記憶ってほんとどうでもいいことまで残っていたりしますね。
それ以外の記事もぽろぽろと読んでました。もう和服は我慢できない、洋服を着ようという記事。ジョーン・バエズのレコードを推薦する記事。料理の記事とかはあまり読まなかったけど、「スパゲチ」という表記に軽い違和感を覚えたり。「スパゲチ」でぐぐると、やはり暮しの手帖関連のものがぞろぞろと出てきます。
一つ覚えているのが「C調紳士と007-ある日本人の暮し49」という記事。検索したら、第1世紀 82号 1965年・冬(昭和40年12月5日発行)に載っていたらしい。思い切り半世紀前だなー。
おぼろげな記憶によれば、C調紳士というのは屋台のラーメン屋の屋号で、その屋台を引いているおっちゃんの、ぱっとしないけど味のある庶民の暮らしをモノクロ写真つきで淡々と描いた記事でした。
今思うと、ちょっと不思議な感じがします。
暮しの手帖って、主な読者は女性だ(った)と思うんだけど(「婦人家庭雑誌に新しき形式を生み出した努力」で第4回菊池寛賞を受賞とのことだから、やはりそうなんでしょう)、この屋台のおっちゃんの記事ってあまり女性向きな感じがしないんですよね。
いや、自分の周りにはこういう記事を喜んで読みそうな女性は何人もいるので、そういう言い方は正確じゃないな。「『女性雑誌』っぽくない」と言った方がいいかも。
創刊者にして初代編集長の花森安治という人のことはあまり知らないのだけど、こういうミックス感は、この人の個性なのかな。いや、暮しの手帖を共同で創刊した大橋鎮子という人の個性とのミックスによるものなのかな。
今回、CDのデザインを検討するための資料として図書館で借りてきた「花森安治のデザイン」という本を読みながら、こんなことを考えてました。
こんなものを子供の頃に読んだから、ベン・ワットの「ヘンドラ(これもしがない商店主のおっちゃんの一日を描いた曲だ)」を聞きながら料理をするようなおっさんになったのであろうか。いや最近料理はすっかりさぼってるけど・・・。