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出雲旅行記 その3(出雲大社)

今回の旅の方針は「じっくりゆっくり見て回る」こと。
出雲大社では観光協会が行っている「定時ガイド」に参加することにしました。
500円で、あれこれの建物やら歴史やら参拝の作法やらについて一通り話を聞くことができて良かったです。

■出雲大社の参詣道「神門通り」
以前に訪れた際はあまりぱっとしない感じだった参詣道は、電線地中化されたり歩車道がリニューアルされたりしてすっかりきれいになり、こじゃれた店もたくさんあって全然違った感じになってました。こんなふうになったのは比較的最近のことらしく、「衰退した出雲大社の参詣道を見事に復活させた、出雲市と地域住民の再生戦略」という記事を見ると街並み再生に向けた官民あげての熱心な取り組みが行われたようです。こういう取り組みって下手をするととってつけたような感じになったりすることもあるけど、さすがに出雲大社の存在感が絶大なこともあってか、なかなか良い感じでリニューアルされていたように感じました。
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神門通りからちょっと横に入ったところに竹野屋という由緒正しそうな木造和風旅館があったのですが、ガイドさんによれば竹内まりやの実家だとのこと。島根出身だということは何かで聞いて知っていたけど、出雲大社の旅館だったのか。それにしても、そういうこともガイドするとは思わなかった。

■正門
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ガイドの方からはいろいろ作法について指導がありました。
・鳥居の真ん中は神様の通り道なので、端を歩くこと。
・正門を入って下り参道を少し歩くと、右手に小さな社があります。こちらは祓社というそうで、ここをお参りをし心身を祓い清めてから先に進むのだとか。目立たないので知らないと見落としてしまうがな。
・参拝は二拝四拍手一拝。普通よりも拍手の数が多いのが出雲大社の作法なのだとか。
・手水舎で手や口を洗います。なんかひしゃくを使い回していやだなぁといつも思ってたんですが、そこはちゃんときれいな使い方というのがあって、最後はひしゃくを手前に傾けて柄を水で洗うんですね。
全体の印象としては、過度にうやうやしかったりへりくだったりということもなく、なんか日常の中にお参りが根付いているという感じ。

■御本殿
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正面からどーんと撮りたいところですが、門に遮られているため、そういう撮り方はできないんですよね。というわけで横から撮りましたが、やはり一部しか撮すことはできません。昔は倍の高さがあったそうですが、ほんまかいな。というか中央の女性の元気いっぱいな歩き方がやけに目立ってます。

■拝殿・神楽殿
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やはり出雲大社といえば、この巨大な注連縄ですよね。ガイドの説明によれば、県山間部にある飯南町の大しめなわ創作館というところで制作しているのだとか。それにしても本当にでかい。神楽殿の写真で人の大きさと比べるとでかさがよくわかると思います。


出雲旅行記 その2(一畑電車)

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昔々、札幌の中心部と、札幌の奥座敷などと言われる定山渓温泉を結ぶ定山渓鉄道というローカルな私鉄がありました。
幼い頃から鉄道に興味があったので、いつかそのうち乗ってみたいなと思っていたのですが、札幌オリンピックの少し前に市営地下鉄が出来るのと引き替えに、定山渓鉄道は廃止に。

そんなこともあってか、地方のローカルな私鉄には郷愁まじりの愛着を感じることが多いです。
それほどたくさん乗り歩いてきたわけでもありませんが、上田電鉄別所線とか、香川の琴電とか、愛媛の伊予鉄とか、富山地鉄とか。どれも好きな鉄道です。
松江と出雲大社を結ぶ一畑電車も大好きな電車です。山陰ならではの地方色を強く感じるせいでしょうか。

■松江しんじ湖温泉駅
とてもモダンな駅舎。以前に来たときはこんなんじゃなかったと思うのだけど、でも昔どうだったかは全然思い出せない・・・。
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■車窓風景
前半の多くは宍道湖のほとりを走ります。浜名湖とかもそうだけど、本州の汽水湖って生活が近いというか、なんだかのどかなんですよね。ぼんやり眺めているだけで気分がのんびりしてきます。北海道の湖の多くが秘境っぽいのとは対照的。
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■一畑口駅
一畑薬師への入口にしてスイッチバック駅(経緯はWikipedia参照)。向こう側で線路が二股に分かれているのがわかるでしょうか。左側が松江方面、右側が出雲大社方面です。それにしても超広角の魚眼レンズは遠くのものを克明に記録する用途には全く不向きであった・・・。
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■出雲大社前駅
このレトロな駅舎いいですよねー。ステンドグラスの部分は昔はアールデコっぽい放射状のデザインだったような記憶があり、昔の写真を漁ってみたら、今と同じステンドグラスだった・・・。なんと当てにならない私の記憶。
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出雲旅行記 その1(はじめに)

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これまで出雲方面には3回行ったことがあります。

最初は25年前。新卒で入った東京の会社を辞めて札幌に転職する時でした。
まっすぐ札幌に戻るのは面白くないということで、まず鹿児島県の枕崎に行き、そこから指宿枕崎線→鹿児島本線→日豊本線→肥薩線→豊肥本線→日豊本線→山陽本線→山陰本線→播但線→山陽本線→東海道本線と、延々鉄道を乗り継いで名古屋まで来て、そこから飛行機で札幌に戻りました。暇な人は地図でたどってみてください(路線図が頭に入っている人は頭の中でたどってください)。
というわけで、ひたすら列車に乗っていただけ。出雲も松江も通過しただけ。
これでは「行った」とは言えないかもしれないけど。

2回目は22年前。1年間東京で研修を受けていた折、実習と称して1月の山口県に2週間ほど缶詰になり、帰りに研修生4人のグループで出雲大社に立ち寄りました。
雪の出雲大社はとても風情があったけど、とにかく寒かった。城崎温泉の宿も、散策した京都嵯峨野もひたすら寒かった。
そんなわけで東京に戻ったら、4人とも雁首そろえてインフルエンザでダウン。

3回目は16年前。正月に松山で泊まりがけでギターを弾いて遊ぶ宴会に参加した際、行きがけに出雲に立ち寄りました。
松山に行くのになぜ出雲に立ち寄るのか、疑問に思う方もいるかもしれませんが、そこんとこはあまり気にしないように。
このときも出雲大社は訪れたものの松江は通過しただけ。三段スイッチバックで有名な木次線から芸備線へと乗り継いで広島に行き、そこからフェリーで松山へ移動。

さて、お気づきかと思いますが、これまでの旅行には以下のような問題がありました。
1.松江はいつも通り過ぎているだけ
2.出雲大社は冬にしか行っていない
3.とにかくせかせか移動しすぎ

そこで、今回の出雲旅行では、
1.松江をじっくり見て回る
2.冬以外の季節に出雲大社に行く
3.とにかくゆったりとしたスケジュールにする
ということを目標に旅行計画を練りました。

というわけで、これから何回かに分けて旅行記を書いていこうと思います。

※写真は出雲大社の神楽殿です。


松山で遊びまくってきた。

ごくたまに、「ここが分岐点だ」という感じがすることがあります。

たとえば、今から8年前、初めてyojikとwandaを見に越生の山奥に泊まりがけで出かけたとき
正直なところ、あのときは「これに行くの?本気?」みたいな気分が8割くらいだったように記憶しています。だって、yojikとwandaとはネットでちょぼちょぼとやりとりしたことがあるくらいで面識も何もないのに泊まりがけですよ?
でも、思い切って行ったら、今までとは違う道というかフェーズというか世界というか、そういう場所に行けるという直感が働いたんですよね。そして実際そうなった。
あのとき越生の山奥に行かなかったら、今どうしていただろう?と考えてみると、よくわかりません。もしかしたら結局は同じような道をたどったかもしれないけど、でもあのとき、確かにポイントが切り替わったような感覚はあった。

そこからさらに8年くらい前(ということは今から16年前か・・・)、松山のアーケード商店街でギター弾いて歌っていたグループが、四国の軽井沢(笑)といわれる久万高原でコテージを借りて、泊まりがけでギターを弾いて遊ぶという企画をネットで見かけたときも、同じような直感が働いたのでした。
ハードルという意味ではこっちの方が高かったかな。何しろそれまで松山はおろか四国自体一度も行ったことがなかったし、ネットでグループのメンバーを見ると、平均年齢はどうも自分よりも一回りかそれ以上下みたいだし。
でも、思い切って直感に従って行動してみたら、やっぱりそれは正解だった。
以後、年に何度も四国に足を運び、いっぱいいっぱい遊びました。ほんと楽しかった。

で、このGWに久々にメンバーが集結し、松山の野外活動センター(レインボーハイランド)(ここも2回くらい行った)で一泊二日で遊び倒してきました。
当時20台半ばだったメンバーも今ではみんな結婚して子供がいて、今回は家族総出で参加。いやー実に賑やかだー。
バーベキューやってギター弾いて歌って、晴れた二日目はキャッチボールやらキックスターターやらスケードボードやらやりまくり。締めはボウリング。もう筋肉痛と打撲(スケートボードで派手にこけた)でガタガタのボロボロですが、首都圏ではなかなかできないことがてんこ盛りでとことん満足しました。

メンバーは当時とは全く違う状況にいるのだけど、なんかみんなほとんど変わってなかった。
久しぶりに会えてほんと良かった。また会おう!

【以下は写真なぞ】
一日目、メンバーと落ち合う前に訪れた松山観光港のカフェ。やっぱり松山に来たら瀬戸内海も見なくちゃね。
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今回は魚眼レンズも持って行った。
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松山観光港にはもちろん伊予鉄で(終点は高浜で松山観光港まで連絡バスが出ている)。
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レインボーハイランドのコテージ。以前に泊まったのよりずいぶん立派なコテージだった。
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夜にバーベキューをやったところ。広いスペースがあって遊び場と化していた。夜はとんでもない土砂降りだったけど、屋根付きのスペースだったので助かりました。
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芝生広場。キャッチボールとか何年ぶりだかわかんないくらい久しぶりだったので、全然できなくなっていて愕然。
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締めのボウリング。すでに全身ガタガタボロボロだったけど、やっぱり楽しかった!
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「ラオスにいったい何があるというんですか?」(村上春樹)

村上春樹の小説は「ダンス・ダンス・ダンス」までしか読んでないし(その「ダンス・ダンス・ダンス」もどんな話だったか全然覚えてない・・・)、エッセイ類もほとんど読んでないんですが、なぜか旅行記だけはよく読んでます。
特に、最初の旅行記「遠い太鼓」は何度も読み返したし、このブログでも何度も取り上げてます(検索すればいくつか記事が出てきます)。

そんなわけで、先週末に近所の本屋で新刊の旅行記「ラオスにいったい何があるというんですか?」を見かけて、直ちに購入。

「遠い太鼓」にギリシャの島に滞在していたときの話が出てきましたが、今回二十数年ぶりに再訪する話が出てきます。
ミコノス島では、滞在していたレンタルハウスを管理人のヴァンゲリス(もちろん音楽家のヴァンゲリスとは別人)の消息を尋ねたところ、5年前に亡くなったとのこと。
この文章は2011年に書かれたとのことなので、2005〜2006年に亡くなったことになります。
そうか。ヴァンゲリスは亡くなったのか。と、何となく感慨深い思いがする程度に「遠い太鼓」は愛読してたんですよね。

その他は・・・。

アイスランドの湖みたいな温泉は入ってみたい!(カラー写真がついてる)

ラオスの朝市で見た目がアレな食材をいろいろ見たとのこと。ラオスのやばい食い物というと私はすぐにこれを思い出すんですが。足の感じとか、コオロギってGっぽくないですか。あと今見ていて思い出したんだけどアリの卵とか。

なんか勢いづいて、読んでいなかった他の旅行記「やがて哀しき外国語」「辺境・近境(写真集も含めて)」も読破。
何となく読書モードな感じ。