ボサノバへのいくつかの入り口(その2)

3.ボサノバへの入り口その3〜お洒落なカフェミュージックとか
 EBTGが90年代半ばに「ドラムンベースは現代のボサノヴァ」と言いながらMissingのリミックスバージョンやそれに続くWalking Woundedをリリースしたとき、「初期EBTGの感じが戻ってきた」といった趣旨のレビューをいくつか読んだことを覚えています。それまでのEBTGはリラックスした感じの質の高い音楽を作り続けてはいましたが、初期EBTGのひりひりした感触は次第に薄れていったということかと思います。
 その頃、私はUターン転職で東京から札幌に戻ってきていて、仕事が終わると毎日のようにホールステアーズカフェという店でお茶していたのですが、そこでよくIdelwildとかWorldwideといったその頃のEBTGのアルバムがかかっていました。それを聞きながら感じたのは、何かひとつの時代が終わってしまったようなたぐいの穏やかさでした。
 話が私事になってしまいましたが、言いたいのは初期のネオアコと呼ばれる音楽が持っていたニュアンスは、比較的短い間になくなっていったということ。変わって台頭してきたのが、輝かしいギターの音が印象的なアズテック・カメラを筆頭とするギターポップであり、アンテナを源流とするお洒落なフレンチジャズ・ボサノバ・ソウル(っぽい音楽)でした。そしてそれらは90年頃からフリッパーズ・ギターなどの先導のもと日本で渋谷系などと呼ばれる展開を見せることになったということかと思います(なんか人ごとっぽい言い方だけど、この辺りの状況ってあまり良く知らないんです)。ボサノバというと「お洒落なカフェミュージック」的な受け止められ方をすることが多いと思いますが、その原点はこの時期の「ファッショナブルなラウンジ・ミュージック」的な盛り上がりにあったのかなぁとおぼろげながら理解しているんですが、どうなんでしょうか。

 ちなみに、先日OTTさんのライブを見に行ったはすとばらで、アンテナの87年の作品Hoping for Loveがかかってました。ものすごく久しぶりに耳にしたのですが、確かに「お洒落なフレンチジャズ・ボサノバ」の源流だよなと思いつつ、どこか変というか引っかかりのある音なんですよね。88年のアルバムOn a Warm Summer Nightのアマゾンのレビューでこやすみちこさんという方が「アンテナの魅力は、なんといってもジャズやボサノヴァなどの本来オーガニックな音楽(サウンド)をどこかイビツに聴かせてしまうところだと思う」と書かれてますが、確かにそういうところはあるように思います。ジャズやボサノヴァって本来オーガニックな音楽だったのか、実はいびつな音楽だったんじゃないのか、という話はあるかもしれないけど。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

*