「ボサノヴァの歴史」を読んで(その2)〜ジュアゼイロの気候

前回のエントリーで昔ブラジルについて抱いていたイメージや知っていたことを列挙しましたが、いくつか書き忘れたことがありました。
・ウジミナス製鉄所
・南米で唯一ポルトガル語が使われている国
・混血(メスティーソ、ムラートなど)
これらはいずれも、中学や高校の地理の教科書や副読本などで知ったことがらです。地理は好きな学科で、暇なときには地図帳を眺めて楽しんでいるような子供だったので、知らず知らずのうちに頭に入ったんですよね。

そんなわけで、「ボサノヴァの歴史」のプロローグにジョアン・ジルベルトの生まれ故郷のジュアゼイロという町に関する話が書いてあるのを読むと、ついつい「ジュアゼイロってどこにあるんだろう」と思って地図帳を広げたりするわけです。

バイーア州の州都サルヴァドールからは結構遠い内陸の町ですね。というより、サォン・フランシスコ川を東から西へとさかのぼったところにある町という方が現地の地理感覚的にはしっくりくるんでしょうか。
地図帳をぱらぱらめくっているうちに、たまたまケッペンの気候区分の図が目に留まったので、ジュアゼイロのあたりってどんな気候なんだろうと思って見てみました。

ブラジルの気候区分は大雑把に言って、北部はA(熱帯)、南部はC(温帯)ということになろうかと思いますが、唯一ジュアゼイロ周辺だけがB(乾燥帯)なのがわかります。
「ボサノヴァの歴史」を見ても、ジュアゼイロの気候について「熱さは地獄の沙汰」「(風があるときは)埃を噛みしめることになった」「町は砂地にあり、サボテンまでが慰めに汗をかいていた」と書いてありますが、こういう気候は広大なブラジルでもかなり特殊な部類なのかもしれません。
ちなみに、B(乾燥帯)という気候区分は、E(寒帯)とともに「樹木が生育できない」気候区分とされています。ジョアン・ジルベルトがティーンエイジャーの頃、町の中央広場のタマリンドの木の下でギターを弾きながら歌っていたというエピソードが紹介されていますが、その木はやはり「ジュアゼイロではまれな樹木の一本」だったそうです。中央広場の写真を見ると、街路樹らしき感じのようには見えますが、これは相当無理をして植えているということなのかもしれません。


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